会員リレー・エッセーB

この四月に思うこと
  

        
本 間 重 子     

 
 桜の花とともにやってくる四月は、一年のうちでもさまざまな思いが巡る月のひとつです。思えばこれまでに、桜の花びらを浴びながらさまざまな「門」をいくつ出たり入ったりしたことでしょう。
 長かった職場生活の中での、私の経験では新しい年の始まりは暦の元旦より、四月一日のほうが緊張感があったし、決意と抱負も新たにしたような気がしています。今日も多くの職場や学園では「ゆずり葉」のように入れ替わって、人々の異動が行われていることと思いますが、とくに希望をもって入ってくる新人に対しては、受け入れる側のしなやかさとともに、その抱負を自ら捨てることのないような強さを保ち続けることを、私は願ってやみません。
 今年の四月を、私は新たな課題について楽しく語り合うことよりも、憤る心で迎えることになってしまいました。連日見聞する国会情勢、殺伐としたニュースの数々、貧困と格差のますますの広がりなどに対して、心穏やかに過ごせるひとときもないのが、今日この頃です。なかでも許せないのは、福田内閣が今月から実施を強行する「後期高齢者医療制度」です。今日のニュースでは厚生労働大臣は、この制度に対する国民の反発を恐れて名称を「長寿医療制度」と変え、本質を隠し批判を逸らそうとしているようです。
 皆さんはすでにこの制度が、七十五歳以上を「後期高齢者」として切り離し、新たに保険料を徴収することをはじめとする医療費削減政策であり、人を七十五歳で差別する非情なものであることはご存知のことと思います。
 舛添厚生労働大臣は国会で、後期高齢者の特性を「第一に、老化に伴う生理機能の低下により、治療の長期化、複数疾患への罹患、特に慢性疾患が見られること。第二に、症状の軽重は別として、多くの方に認知症が見られること。第三に、後期高齢者は、いずれ避けることの出来ない死を迎える、ことなどがあげられる」と答弁しています。
 この新たな制度では、七十五歳でこれまでの医療保険から脱退し、新たな制度に加入させられ、新たに保険料が徴収されることになるのです。「いずれ死ぬ」のだからと別枠の制度に追い込み、医療を抑制するとともに、療養病床の大幅削減と軌を一にして終末期の高齢者を病院から追い出し、医療費を削減する、というあまりにもひどい内容のものであるいわざるを得ません。
 中止・撤回、見直しを求める地方自治体の決議も五百を超え、反対署名も三百五十万人に上がっているということですし、廃止法案を野党四党で共同提案もしています。私も及ばずながら友人たちに訴えて、廃止要求の署名を集めました。
 七十五歳以上の方々を「残存能力」、「残された能力をいかにするか」(舛添厚労相)という捉えかたに対しては、私は憤りと恐ろしさを感じざるを得ません。他の国にも例を見ない、「後期高齢者」という差別的な制度を強行しようとしているこの問題は、若者から高齢者にまで貧困と格差をひろげていく今日の政治情勢を現していると思います。
 「後期高齢者」問題は、私たちが取り組んできた雇用における男女平等をはじめとした女性労働問題とも不可分の問題でもあります。 
 私は女性労働問題研究会を通して培ってきた思考と、各分野で活躍されている会員の方々から学んでいる多くのものを力として、「残存能力」を使いつつ、怒りを忘れることなく、楽しみも携えて研究・活動していきたいものと思っています。世代を超えて多くの方々とともに。
           さまざまの事おもひ出す桜かな  芭蕉