会員リレー・エッセー@

今、考えていること
  -秘書職と研究の違い-

        
寺村絵里子(お茶の水女子大学大学院  


 私は今春、12年ぶりに学生になった。これまで、複数の企業で秘書職として勤務したが、その立場を離れるとあらためて見えてくることがあり面白い。

 秘書職時代と(まがりなりにも)研究を始めた現在との最も大きな違いは、第一に「自分の名前が表に出るかどうか」である。
 秘書職のみならず、一般事務職はまず自分の名前が表に出ることはない。また、自分の意見を持ち、発言する機会もまずないといってよいであろう。私はよく感情が顔に出てしまうことがあったが、これは秘書としてはまったく失格である。企業内において、秘書は上司と対外関係や部下との媒介機能であり、そこにはなるべくノイズが入らないことが望ましいのである。また、秘書はその本人を見られているのではなく、その背後にいる上司を見て話がされていることが多い。これは、自身が勤務する中でも数多く経験したことである。別の視点から愕然としたのは、およそ10年勤めて退職したときに、自分の手元に残る自身の書類がほとんど残っていなかったことである。自身の成果物は、わずかな資格と頭の中にある知識のみである。もちろん、企業勤務時代の書類は企業に属するものであることもあるが、講師の仕事や研究を始め、書類の山に囲まれて部屋が一杯になる現在とは対照的である。さらに研究では、まず自分の考えを持ち、自分なりに問いをたて検証し、結論を出すことが求められる。また、授業内や学会発表等で自身の考えを的確に述べる能力も求められる。私は大学院生の中では年長者であるが、このような訓練がこれまでになされていなかったと痛感させられる。もちろん、企業勤務時代に無意識に身についた利点もある。時間管理能力等は今でも研究の段取りなどに役立っていると感じている。

 第二の違いは「空間移動の距離」である。これは同じく事務職経験のある院生仲間と話していて気づいた点である。あらためて思えば、秘書職時代の空間移動距離は大変少ないものであった。一日中オフィスにいて、デスクワークをするのが一般的な一日である。また、自身の行動は周囲(秘書の場合は上司)に規定され、制約を受けている。一方、研究を始めた現在はスケジュールも自身で決めることができ、例えば講師の仕事や学会参加などで移動距離も飛躍的に増えた。このような見方も、企業における事務職の特性といえるかもしれない。

 大学院で様々な過去の研究蓄積に触れる中で、企業勤務時代に感じたことが理論化・言語化されていて驚くことがある。特に思い出されるのは、初めに勤務した日系企業での経験である。日本的雇用慣行が女性労働に及ぼす影響、たとえば年功序列、終身雇用制度といった独特の慣行が、今なお様々なライフイベントによりそのルートに乗ることのできない女性労働者を大きく制約していると考えさせられる。コース別雇用管理制度の中で、(建前上)総合職として採用された私は、企業の中での居場所のなさを痛感していた。自身の能力不足ももちろんあっただろうが、それだけでは説明しえない要因が、組織内にあったと考えるようにもなった。これは、その後勤務した外資系企業と比較しても感じることであるが、日系企業内における女性労働者への「重し」のような様々な暗黙の慣行はいったいなぜ発生しているのか、是非知りたいと思う。

 過去の研究を見ると、秘書をはじめとした事務職研究は意外にも多くない。これは、事務職が先に述べたような特性を持ち、「物言わぬ」存在である職業であることも一因であるのではないだろうか。まだ研究の道に入ったばかりではあるが、企業勤務時代に経験した疑問を少しでも明らかにし、事務職の存在を学術上も形にしたいというのが現在の私の目標である。

2007年11月5日(月)記